2013年5月31日金曜日

小さいことの積み重ねから生きる力を得ていく


今日も良い出会いがありますように・・・
沈黙で始まる活動
今日は朝から港仮設の方へカフェ案内に出かけました。自治会長さんのお宅と思って訪ねた先は、初めての出会いの方でした。HUGハウスとケア心香カフェを紹介し、しばらくお話を聞かせていただきました。



 

「家流されて、娘のいる大阪で仮設として入れてもらったマンションはありがたかったけど、病気になっちゃって。やっぱり地元がいいから帰ってきたんだ~。」


海の風景、自然豊かなこの土地は、その方のアイデンティティーの一部となっているのでしょう。良い条件のマンションだったようですが、仮設に移ってこられたそうです。一つだけ残念なのは海が見えないこと。海の仕事をされていたようで、海はこの方を生き生きさせるのかもしれません。

「頑張れ、頑張れって言われてもね、もう75歳だよ。」

安易な頑張れは、返ってその方を疲れさせてしまいます。


仮設住宅とは思えないほど
整理され、美しく飾られたお宅
「もうゆっくりさせてほしい。」

震災でのショックで気力は失われ、様々な病気がリハビリがいるのかもしれ

とは言うものの、仮設では家事などをして、働く妻を支えていらっしゃいました。

家の中では妻の作ったアレンジフラワーを美しく飾ったり、植木の手入れなどとてもきれいにされているのを見させていただき、このような生活をしながら少しづつ前へ進む力を得ていらっしゃるのかなと思いました。

 

午後、お昼休憩の為にお借りした公園のベンチに、仮設の方々が次々に集まってこられ、サプライズカフェのようになっていきました。こちらは、韮の浜農村公園仮設の屋根のあるベンチ。休憩を始めたスタッフにお茶や漬物を差し入れしてくださった方は、ケアカフェのことを良く覚えていて下さり、スタッフのことも記憶していらっしゃいました。こちらでカフェを行わせていただいたのは約半年前。後から集まってこられた方々も「二回も三回も来てくれたんだもの、覚えてるっさ。」と言われました。

記憶にとどめてくださったことは、返ってHUGハウススタッフが「存在意義の確認」をさせていただいたようでした。

世間話などしばらくし、震災時やその後の話を語り始められたのは帰り際。「また来てね」と期待感を込めて言われました。この思いを汲み取り、是非また訪問させていただきたいです。(記:林)

2013年5月30日木曜日

出会いの難しさと挨拶の工夫の必要性

 日々、仮設住宅や在宅の方々を訪問する中で私たちが一番気を遣うことがあります。それは、自分が何のために何をしているものなのかを紹介・説明することです。

簡単そうに見えるこの挨拶・説明ですが、使う言葉や内容によっては、その後の話の流れが大きく変わって来ます。私たちは、あくまでも痛む命や悲しむ命、心の叫びに触れ、その命に寄り添っていく事を目指していますが、初めの挨拶や自己紹介によっては、そこからずれていくことさえ容易に起きてしまいかねません。それだけに、なるべく的確にそして相手に分かるように声かけや説明の言葉を選ばなければいけないという難しさがあるのです。

 今日も、仮設住宅を訪問した地元スタッフは、初めて出会った方に、「私たちは、心のケアの活動をしているグループです」と自己紹介をしました。ところが、出会った初めての方の反応は、「そう、今の俺はそういうものは必要ないよ、いずれ必要になったらお願いするから・・・」でした。そのスタッフは、他にも同じような内容の紹介をしてきたところ、多くの方が同じような反応を示し、なかなか内面に触れていけない事を感じていたと分かち合いがありました。別のスタッフからも、「心のケア」という言葉を使うと、地域の人は引いてしまうのを感じる・・・、とか「心のケア」と聞くと自分には関係ないと思ってしまうのでは・・・などと感じているという意見もありました。

 心のケアについての偏見をなくしていく必要性はあるけど、心のケアというものをどう分かりやすく伝えられるのか、そこに携わっている自分たちをどう紹介していければ良いのか・・・考えなければいけない。またそれだけでなく、最初の挨拶にしても単なるお天気の話題や世間一般で交わされる挨拶ではない工夫はどうしたら、という事も併せて考える必要があるのでは・・・などスタッフ間で話し合いがなされました。挨拶や自己紹介について、HUGハウスとしてもスタッフ自身としてもいろいろ考え工夫をしていく努力が求められていると学び、感じた一日でした。


 今日の活動は1日、個別訪問でした。

 ある仮設住宅を訪問すると、自宅を仙台に建てた方との出会いがありました。南三陸町内の手続きが終わったら、建てた仙台の家に引っ越すと話してくれていましたが、スタッフには寂しそうに話されるその方の心には、残りたくても残れない思いに寂しさを感じているように伝わってきたそうです。スタッフも、また一人この町を離れていく住人の心に触れて、寂しさを感じてしまいました・・・。

 また、ある方を訪問すると、窓もカーテンも締め切り暗い中でテレビを観ているだけのようでした。訪問して初めて、窓を開けカーテンを開けるという状況に、日常の暮らし方に孤独感が感じられます。唯一、県外に暮らす娘の家に行った際に飼っているチワワに会うのが楽しみと話され、チワワの写真を見せてくれました(写真左)が、閉ざしてしまう程の思いを分かち合い新しく扉を開く時期やチャンスが訪れる事を願いたいものですし、そのような相手になるためには、私たちはどうすれば良いのか考えさせられました。(記:宇根)







 

 

2013年5月29日水曜日

自分の存在の尊さに気づくという事

 今日の午前中は、志津川地区にある小森仮設住宅でのカフェ(写真右)と個別訪問(写真左)を別れて行いました。

 個別訪問先方の方は、地元スタッフが病院の検診で出会った方です。その方にHUGハウスの活動の話をしたところ、自分の家にも是非来て欲しいと希望があり今日の訪問を行った次第です。

 訪問すると、誰も訪ねてくる人の居ない場所で暮らすその方は、一人ひっそり暮らす自分の寂しさや孤独感等を分かち合ってくださいました。そして、自分の姿に似た名前の花を紹介してくれていました、一人ひっそり咲く花(写真下左)を・・・。
 こんな自分でも訪ねてきてくれる人が居る、その喜びは大きかったのではないでしょうか。誰かが自分の事を気にかけてくれている、それは生きる力に自分を肯定できる力となっていくのだと思います。自分の存在の尊さに気がついていける、そのような訪問、寄り添い、向き合い方を目指していきたいものです。敷地内で採れたタケノコのお土産にスタッフも大喜び(写真上右)

 午前中の「ケアカフェ心香」には、住民の方6人の参加がありました。
約一時間半のカフェの時間、参加した方々は本当にいろいろな思いを語れたようです。終了後には「こうして話を聴いてもらえて、すっきりするから、良かった」と感想があり嬉しかったです。

 参加した方が、家族と一緒に津波に流され夫を失いながら、一人助かった自分の思いを語ってくれました。「津波に飲まれて病に伏した時に、医者から『これからは、何も出来ないかも』と言われて、死のうと思った。何もできない自分には価値がないし、死にたいとばかり考えていた、でも死ねないのよね。死ねないのが辛かった」と。何もできない自分なんて、なんの意味もない・・・、自分の存在を尊く思えない苦しみの中で生きてきた日々、辛かったようです。でも、その苦しみの中でも諦めさせなかったのが畑だったと嬉しそうに教えてくれたその方。「畑が自分を助けたのよ」と嬉しそうにしていました、そして最後に「今はね、畑をしながらこの命を一生懸命生きるよ、あんたも自分の命を大切に使いなさい」と話してくれた言葉には重みを感じました。命を生きる、その尊さを味わう・・・という事を学ばせられた時間でした。


 午後の活動も、スタッフは3箇所に別れて個別訪問を行いました。
 久しぶりの出会いにとても喜ばれる出会いもあり記念の写真を撮らせてもらいました(写真右)
(記:宇根)





2013年5月28日火曜日

心の底は「生きたい」


「久しぶりだね~」

廻館仮設の集会所前で既に集まっていらっしゃった方々は、「お花見」と称して目の前にある花壇のひまわりの苗を愛でながら、HUGハウススタッフを迎え入れてくださいました。

ケアカフェに集まって下さる方はだんだん「常連さん」になってきました。しかし、話題に上る内容はその時々で違います。状況も心もどんどん変わっていくからです。冗談を言い合っていても、ふと本音がこぼれます。ケアカフェは、この本音と向き合いたいのです。


午後からはスタッフがそれぞれ分かれ、個別の訪問に出かけました。

「気持ちが前向きになれない。」今の生活を「しょうがない」と話してくださった方がありました。一方で「もういやだ、歳だしもういい・・・と言っても本当は『生きたい』んだね~、何だろうねこの気持ちは」と語って下さる方にも出会いました。

次から次へやってくる問題と共に生きる方、昼間の

静かな時間にふと自らの生きる力を確認する方の声を聞かせていただきました。


さて、着々と新拠点の準備を進めるおしょうさんとHUGさんから、「6月から『HUGハウス荒砥』スタートできそうだよ」と報告を受けました。いろいろな方に助けていただきながら部屋らしく整い始めています。楽しみですね!(記:林)

2013年5月27日月曜日

来てくれてよかった



亡くなられたご主人が育てた植木を
今でも大事に育てていらっしゃる方
との出会いで一枚。
今日は快晴で気温もぐんと上がり、半そででよいくらいの日差しがありました。仮設にお住まいの皆様が外で日向ぼっこをしたくなるようなお天気です。


朝からHUGさんとおしょうさんは法人手続きや新拠点の整備、他のスタッフは終日個別訪問に出かけました。


ケアカフェはほぼ二カ月に一度のペースで行われていますが、再びお会いする時にはスタッフの顔がおぼろげになってしまう方は少なくないかもしれません。しかし今日訪問させていただいた方は違いました。

5月連休以来の訪問でしたが、首を長くして待っていて下さっていました。そこには事情があります。体が思うように動かず、自由に外出できないのです。だから訪問者の来訪がとても楽しみなのです。
会話を終えてしばらく「被災跡」の
志津川を眺めるAさんとスタッフ

「よく来たね~」


その声は喜びの声と共に、苦悩の声でもありました。人の世話にならなければいけない今の体は、家族関係にまで影響してしまいます。

地元スタッフは丁寧に耳を傾けました。彼女にとって問題解決にはならないかもしれませんが、不満やストレスを言ってもよい存在がいるのだという認識と信頼で、日々の「生きる」の選択の励ましになればよいなと願っています。

 

老人施設の訪問をしたスタッフは、以前お会いした方々と再び共に過ごしました。「震災によって全てが変わってしまった・・・」と語られたTさんから若いスタッフに人生哲学をいただきました。

「人生には、『これで良いってことはない』ということと、『これだからよかった』ということがあるんだね~」

様々な事にあてはめて考えられるこの言葉を、「傾聴」に掛けてみるならば、その心は、HUGさんの言われる「一期一会」でしょうか。(記:林)


 

2013年5月24日金曜日

スタッフの成長を確認する場、研修

 今日は、毎月カフェを開いている米谷住宅でのカフェを三滝堂HUGハウス(写真左)で開催しました。予てから、天気のいい時には、気分転換も兼ねて自然を豊かに味わえる三滝堂でやりたいという住人の希望もあり、今日の開催となりました。

 時折小雨の降る朝でしたが、カフェが始まると暑いほどの日が差し、テラスにタープを張ってピクニック気分に浸りながらカフェとなりました(写真右)。


 小川のせせらぎ、新緑に生い茂った里山の風景、時折吹き抜けていく春の風・・・、自然の営みを間近にしながらゆっくりとお茶を飲んだり持ち寄った漬物に舌ずつ見をうちながら、身も心も開放感を味わえたようです(写真左)HUGハウスの向かいの住人の参加もあり、昔話に花が咲きました。

 終わりにはお向かいの方の自慢の庭を皆で鑑賞させてもらい、美しい春の花々に触れる機会をいただきました。
 参加されていた方には、津波で家を流され、今自宅再建を目指している方が居られました。美しい花を見ながら、新しく建てる家の庭に植えるための花を植え始めている事を分かち合ってくださいました。津波によって受けた被害は甚大でしたが、何とか前を向いて歩き始めた姿にスタッフ一同、嬉しくなりました。


午後は、スタッフ研修でした(写真左)。

 5/10の定例の研修に参加出来なかったスタッフの参加でしたので、10日に行った振り返りと分かち合いを再度行いました。6月に開かれる大会での発表の取材も兼ねての分かち合いでした。 

 分かち合いは、活動に携わるようになった初めの頃の自分の思いから今日に至るまでに感じた事。心のケアに携わるようになって感じた距離感や沈黙の難しさ。自分の変化・・・等が中心でした。日々、多くの痛み命や悲しむ命に触れる機会が増えてきているだけに、自分の内面を素直に丁寧に分かち合う事、それを互いに丁寧に聴き合うことが以前より出来るようになってきていると感じた研修でした(記:宇根)
 
 

2013年5月23日木曜日

人生という時を刻む

現在、活動の拠点になっている志津川の大雄寺では毎日のようにお葬式が行われています。朝のミーティング時には葬式の準備と重なる日も多く、こんなに葬式が続くの??と、スタッフとも不思議な思いに駆られています。
 みなそれぞれちゃんとお別れやさよならを言える機会はあったのだろうか・・・と思ってしまいます。

 今日の活動は三滝堂HUGハウスを拠点に行いました(写真左)。午前から隣町の登米市内の老人施設やみなし仮設住宅や自宅を再建された方の家を訪問してきました。

  老人施設にはHさんを毎月のように訪問しています。今日も訪ねていくと(写真右)、とても喜んでくれていました。今日、Hさんが紹介してくださったのは、70年近くも一緒に連れ添った「時計」でした。「女学校時代からはめていたの」と話すHさん。70年という時間の流れの中で、いろいろな節目を一緒に過ごしてきた時計は、ご自身の分身なのでしょうか、友人みたいなものなのでしょうか・・・。これからも、ご自分らしい時を共に刻み続けていけると良いなと思いました。


 午後の訪問では、自宅を再建された方の訪問に行きましたが、今日が引越しの日でトラックが荷物を運んでいる所でした。自宅の再建に、さぞ喜ばしい思いだったようです。


 今日も、新しい拠点のための整備を行っていました。

 隣近所の友人や親戚がよく集まる大家さんの家で(写真右)、おやつやお茶を頂きながらの作業です。
 大家さんの親切、ご親戚の方のご配慮を身にしみて感じます、本当に有難うございます。長さんも昨日に引き続き手伝って下さり、今日は部屋の壁を取り付けるところまで来ました(写真左)。何とか拠点らしくなってきました。長さん、昨日に引き続き有難うございました。
 もうすこし手直しをし必要なモノを揃えられたら拠点としてのスタートがきれそうです(記:宇根)



2013年5月22日水曜日

何も残っていない自宅後を愛でる思い

 今日は、波伝谷仮設住宅でケアカフェ心香を開きました。

参加者は7人。
日頃ワカメ摂りをしている方が久しぶりに参加される姿もありました。

 ある方は、高台移転の目処がなかなか立たない中で、「高台移転の日が何時来るのか・・・高台移転の日が来て収まる前に、私たち年寄りは別の場所に行って収まるだろう・・・さ」と、高台移転より先にこの世との別れのほうが早いだろうと嘆いておられましたが、「あんたたちが来てくれて、話を聴いてくれるので楽しいよ」と喜ぶ姿も見せてくれました。苦しく希望の無い状況でも、一緒に歩める人の存在が力になれるのなら嬉しく思います。
 また、ある方は、「仮設住宅に居るより、流されてしまった自分の家に行っている方がいい。何も残っていないけど、そこに生えている雑草を抜いたり残った植木の植え替えをしたりしていて土いじりをしているほうがまし」とも分かち当てくださいました。その話を聴きながら、スタッフには、自分の大事な土地を愛でているように写ったそうです。
 高台へ移転した場所で次に生きる場所を定めなければいけない中でも、自分の家の土地を思う思いには、簡単に高台へ移ったから良いといえない心うちがある事 を決して忘れていはいけないと思いました。


  今日は新しく事務所になる拠点づくりも併せて行いました。

 事務所になる場所を提供してくださる大家さんの敷地内のつつじ?が満開に咲き誇っていました。大家さんは、「すっかり波に浸かり枯れてしまうのかと思っていたけど、こんなに咲いて・・だからこの間、死んだおじいちゃんに見せようと仏壇に飾ったの」と話していました。おじいちゃんが旅立ってから未だ3ヶ月にもならない大家さん。寂しい中でも、おじいちゃんとの繋がりを自宅の家や庭の花から頂いているのでしょう。夫婦で生きてきた時間の中で養われたものは、今でも息づいている事を教えてもらえたようです。「おじいちゃんは喜んでいるね」と返すと、嬉しそうに頷いておられました。
  事務所にのなる部屋に、断熱材を入れてボードを打ち付けていきました。一緒に手伝ってくれたのが、長さんです(写真左)
 以前から、田尻畑の改修にも協力してくれた長さん、段取りや仕事も丁寧で、見る見る間に出来上がって行きました。今日だけでは終わりませんが、何とか目処がみえるところまで来れたのは本当に良かったと思います。長さんのおかげです、長さん有難うございました。
(記:宇根)



2013年5月21日火曜日

音楽でセルフケア



カフェ案内を渡しに訪問した方の
お宅でお花と共に
快晴の今日、沼田仮設で「ケアカフェ」を開催しました。「昼間は働きに出てるから、集まってもこんくらいだよ~」と言いながら、誘いあって来てくださり、5名の方が集まってくださいました。新しいスタッフの参加ということで改めて自己紹介をしていただきました。それぞれの名前の由来や出身地の自己紹介をしている内に、震災時の話に入っていきました。「あの時、○○していれば・・・」二年経った今、改めて当時のことを思い出し、悔やむ気持ちを仲間同士で話すことがあるそうです。いただいた命で、新しく生き直す機会に恵まれた今、どう生きれば良いのか、スタッフとしても考えさせられました。


こちらの方は、震災後初めてにらの種を植えられたそうです。
新しい命の芽吹きに満面の笑み。
共に鑑賞させていただきました。
 
午後は、入谷方面に訪ねていきました。仮設住宅の周りにたくさんの花や野菜を植え育てている様子は、命を育む様として印象的です。外にいらっしゃった方と花を愛でている内に「あがらい」と言われ、部屋に通していただきました。趣味で楽器を弾かれるこの方は、始められて20年以上。大会にもよく参加されたそうです。ところが震災の後、生き残った仲間と集まって、再びその楽器を手に曲を弾こうとしても、参加者全員、曲がでてこなかったそうです。「体はショックを感じてたんだね」当時の様子を振り返られていました。しばらくして、習った曲が出てきた時は、一筋の生きる力を見出されたかのように「嬉しかった」と語られました。今は、難しい曲を新たに習うのではなく、基本の曲を引き直しながら、体が覚えている曲を一つ一つ味わっているのだそうです。音楽によるセルフケアで「今」の命を味わわれているようでした。(記:林)


文句や怒りも生きる力

今日は、一日個別訪問を行いました。
南方方面を訪れた地元スタッフは、みなし仮設から引っ越しされた方を探しに出かけました。
するとたまたま志津川と関係のある方と出会い、目的の方のところまで車で案内してくださいました。「出会い」はいつも、すぐそこにあります。

たどりついたお宅でお話しをうかがいました。
「新しい家は良いけれど、その疲れでかえって体調を崩してしまった。」
「新転地で新たに始める生活は良いけれど、もう南三陸町の広報は来ない。」
震災と被災者生活で大変な思いをしたけれど、「外部の人」になっては寂しい、故郷はやっぱりいいもんだ・・・そんな心の声が聞こえてきました。
また、4月や5月で転校する子どもたちも多いようです。新学期で新たな生活を始めるのは、一見よさそうに思いますが、実は移動による心細さと不安、慣れていくための新たなストレスと生きていかなければならない現実があります。南三陸の方々にとって故郷とのつながりは大人も子供も深いです。

戸倉方面を訪れたスタッフは、近日開催されるカフェ案内の掲示をしながら仮設を回らせていただきました。途中、SKC(自然の家、かあちゃん、クラブの略)の活動拠点を訪問させていただきました。もくもくと作業をしながら、その作品を見せてくださいました。ちょうどお茶の時間になり、コーヒーやお手製料理までご馳走になってしまいました。お茶を飲みながらしばらくお話しも聴かせていただきました。なかなか前に進まない住宅環境の整備に文句の一つも言いたくなります。被災された方々にしかわからない内情は、インフラ整備や店舗設置など外部から見る者の評価だけでは分かりません。このストレスと共に生きていらっしゃる方々は多いかもしれません。この想いを受けとめながら、その場を後にしました。地元スタッフは、「この怒りも生きる力になるからネガティブにとらえないでね」と言葉を添えてくれました。(記:林)

2013年5月17日金曜日

「楽しみにしてたの」・・・出会いと訪問を待つ方とともに

カフェに漬物を
☆彡 今日のカフェは、家が残った地域の旭ヶ丘の集会室で開催しました。とはいうものの、事情があり日程変更したためにお知らせが周知されていなかったり、役場での相談会や待ちに待った薬王堂のオープンの日であったり、様々な行事やエベントと重なったりと参加者は少なかったですがそのような時もあるでしょう。
そんな中で「楽しみにしてたの」というその方のためには貴重なひと時になったのではないでしょうか。カフェに間に合うように急いで用事を済ませ参加されたというお話を聞かせていただき、地元スタッフも嬉しそうでした。またある方は、漬物を持ってきてくださいました。

☆彡 また、お天気もよく声掛けにまわった地元スタッフは、お散歩していた方に声かけをしたり、一人暮らしの方や病気で外に出られない方のことを知ったり、これからのサポートに繋がる情報も得られ、いい出会いになったようです。

山菜を干している様子
☆彡 午後からは、志津川地区の桜沢仮設や登米市に引越しをされた方のために個別訪問を行いました。留守だったり、なかなか家が見つけられなかったりということもありますが、個別訪問を通して、出会いが広がったり、人々の生活の様子や変化、心の変化に触れる時でもあります。

☆彡 様々な苦悩の中にあっても、それぞれの生きる工夫を見聞きさせていただきながら、私たちも、ともに生きるそのあり方を真摯に模索していきたいと思います。今日の出会いに感謝。

今日から宇根の沖縄へ帰省です。あきえさんはパストラルケアの研修中です。充実した学びをされているでしょうか。(記:堤)



2013年5月16日木曜日

希望という力・・・。

午前中に訪問した仮設住宅では、暖かい日差しに誘われるように何人もの方が散歩を楽しんだり、ベンチに出てきたは知り合い同士で話を楽しむ姿が目立ちました。

 訪問した地元スタッフも久しぶりの再会を楽しむ事もできました。

 仮設住宅の周りをよく散歩している男性に出会いました。よく散歩をしているようだと聴いたスタッフが、散歩の何が良いのか聞いてみると、「家にばかり閉じこもてしまっていると、ロクなこと考えないのさ・・・、そのうちにイライラしてくる。そうしているよりは、こうして散歩している方がいいから、毎日散歩しているんだ」という返事が帰って来たそうです。元気に散歩しているように見えても、本心は分からないものです。
 また、「イライラするのは、町の復興に希望が持てない」からだと話す、その男性は散歩しながら夢中になって山菜を捕る事で今を忘れようとしているという事も教えてくれました・・・、今を忘れでもしないと心を保てないのでしたら、辛いことだと思います。希望、一つでも希望を掴み取れたら変われるのに・・・と思ってしまいます。


 午後からは、隣町の仮設住宅を訪問しました。
なかなか出会えていなかった方への訪問。その方は、何年も前から次第に視野が狭くなってきています。「もし可能なら、5分間でもいいから目が見えるようになって欲しい・・・そしたら、この目で志津川の町がどうなっているのか見てみたい」と小さな希望を分かち合ってくださいました。5分間で刻みつけられる大切な思い出、そのために希望を持ち続けているその女性の希望を掴む心の強さに訪問したスタッフは感動していました。

 それぞれの生活や価値観によって何を希望にするかは違ってくるでしょうけど、一人ひとりが希望を掴んで行けるような日が訪れることを心より願いたいです。(記:宇根)

2013年5月15日水曜日

私のアイデンティティーである故郷

 今日は南三陸町から隣接している隣町の仮設住宅、みなし住宅、或いは家を再建された方々を一日かけて訪ねていきました。

 南三陸町より広い隣町の何処に誰が移っているのか、どこに自宅を再建されたのか、みなし仮設住宅は何処にあるのか・・・、等の情報は殆ど分かりません。従って、自分たちの足で訪ねて回りながら会いたい人を探、すしか今のとろこ方法がないのが状況です。それでも、訪ね探してようやく探しあてると、本当に訪ねてきてくれた事に喜ばれます。それも、自分たちの故郷である志津川から訪ねてきてくれた事が何より嬉しいと喜ばれます。

 今日訪ねた方には、「志津川からよく来てくれた・・・志津川の人が来てくれたのが嬉しい・・・志津川の人だったら大歓迎」と話してくれていました。その方は自宅を再建し、家族も周りの人達もとても親切で有難いほどだそうです、それでも、志津川の町から離れてしまっている自分の姿に辛さや悲しさを感じている様子だったとスタッフは感想を持って帰ってきました。生まれ育った町、そこに住んでいた自分、その人にとっては故郷がアイデンティティーの一つになるほどの大切なものなのだと感じます。

 家が再建できたらいい、周りが親切だからいい、というだけでは足りない。自分が自分らしく生きられることが合って初めて人は幸せだと感じるのだと教えられるような気がします。


午前中は、仮設住宅の訪問も行いましたが留守が多く出会いは僅かでした。花壇に咲いているチューリップと近くの山に咲く花が美しく咲いていました。仮設住宅の側にある小さなプランターに咲く花ですが、故郷を離れて暮らさなければいけない人にとっては、小さくても故郷で花咲くチューリップを羨ましく思うのかもしれません・・・。せめて訪ねていく私たちが故郷を繋ぐ一つになれるといいなと思いました。(記:宇根)